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「熱帯のトランプ」ブラジル大統領ボルソナロの生い立ちと政治経歴、過激な発言、迷言語録

熱帯のトランプ」や「ブラジルのトランプ」とも揶揄される第38代の現ブラジル大統領のボルソナロ
熱帯雨林アマゾンの開発に対する強硬な姿勢、LGBTやアフリカ系ブラジル人への差別的な発言など、その言動は良くも悪くも注目を浴びています。

今回の記事では、ボルソナロ大統領の生い立ちや政治家としての経歴、発言、炎上迷言語録などについてまとめていきます。

なお、Bolsonaro大統領の読み方は日本のメディアに合わせて記事内では「ボソナロ」と記載しますが、ポルトガル語では「ボソナーロ」に近い発音です。

ブラジル大統領について

ボルソナロ大統領について触れる前に、まずはブラジルの大統領制歴代の大統領について少しお話しをしたいと思います。

国民の直接選挙による大統領制

ブラジル大統領はブラジル連邦共和国の国家を代表する元首、行政府の長であり、閣僚の任免権やブラジル軍の指揮権を有します。
国民による直接投票によって選出される大統領制で、任期は4年再選は1回のみ認められています。

直近のブラジル大統領(第35代~38代)

直近のブラジル大統領は下の表のとおりです。

第・任期名前所属政党・政治的立場
第35代
2003年1月1日~2010年12月31日
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ
(Luiz Inácio "Lula" da Silva)
労働者党(PT)・左派
第36代
2011年1月1日~2016年5月12日
ジルマ・ルセフ
(Dilma Vana Rousseff)
労働者党(PT)・左派
第37代
2016年8月31日~2018年12月31日
ミシェル・テメル
(Michel Miguel Elias Temer Lulia)
ブラジル民主運動党(PMDB)・中道
第38代
2019年1月1日~
ジャイール・メシアス・ボルソナーロ
(Jair Messias Bolsonaro)
社会自由党(PSL)・右派

ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ

本名はルイス・イナシオ・ダ・シルヴァでしたが、1982年のサンパウロ州知事選に当たり、子供の頃からのニックネームであった「Lula(ルーラ)」を加えた名前に改名しています。

ブラジルの農村部出身の庶民派で、公的な教育はほとんど受けておらず、12歳から靴磨きとして働き始めるなど、苦労人でもあります。

2002年の大統領選では、ブラジル史上最大の得票数5240万票を獲得し、2期目の退任時の支持率が90%近くであったことからも非常に人気の高い大統領でした。

しかし、大統領退任後は汚職や収賄、マネーロンダリングの罪で何度も逮捕されるなど波乱の人生を歩んでしまっています。

ブラジル初の女性大統領 ジルマ・ルセフ

第36代大統領のジルマ・ルセフはブラジル史上初の女性大統領

手腕が期待されましたが、教育、医療などの社会福祉の充実が求められる中、FIFAワールドカップブラジル大会(2014年)に巨額投資を行ったことへの非難から支持率を低下させてしまいます。

さらには政府会計の粉飾に関わった疑いで、大統領を罷免されました。
上の表内の第36代と第37代の間に「2016年5月13日~ 2016年8月30日」の空白があるのは、ルセフ元大統領の罷免による職務停止期間です。

その後、副大統領のミシェル・テメル氏が大統領代行となりました。

第38代ブラジル大統領 ボルソナロの生い立ちとキャリア

生い立ちと経歴

ボルソナロ大統領のフルネームは「ジャイール・メシアス・ボルソナーロ(Jair Messias Bolsonaro)」。

1955年3月21日、イタリアとドイツに先祖をもつヨーロッパ系移民の子としてサンパウロ州の北西にある小さな町グリセーリオ(Glicerio)で生まれ、カンピナス(Campinas)で出生登録がされました。
当時パルメイラスやブラジル代表としても活躍したサッカー選手のジャイール・ローザ・ピント(Jair Rosa Pinto)にちなんで「ジャイール」と名付けられたとのことです。

18歳で陸軍士官学校予備校(EsPCEx=Escola Preparatória de Cadetes do Exército)に入学し、アグリャス・ネグラス軍事学校(AMAN=Academia Militar das Agulhas Negras)へと進み、1977年に卒業しています。

卒業後はリオデジャネイロの第21野戦砲兵グループ(21GAC=21º Grupo de Artilharia em Campanha)の士官を務め、マット・グロッソ・ド・スル州の第9野戦砲兵連隊に所属したのち、再びリオデジャネイロに戻り、パラシュート歩兵旅団に入隊しました。

1982年、陸軍体育学校(EsEFEx=Escola de Educação Física do Exército)に通い、教官となった後、1987年には陸軍の士官学校(EsAO=Escola de Aperfeiçoamento de Oficiais)に進み、1988年に退役しています。

逮捕歴

実は逮捕歴のあるブラジル大統領は多く、前述のルセフ元大統領以外にも、その後を継いだテメル氏は汚職により大統領代行を退任後に、ルーラ氏はストライキを首謀したとして国家治安維持法違反で政治家になる前にも逮捕されています。

ボルソナロ大統領も軍隊時代の1986年に軍人の低賃金を批判する記事を雑誌に投稿したとして、翌1987年には軍施設の爆破を計画したとして逮捕されています。
ただし、いずれの場合も最終的には無罪となっています。

政治家キャリアと大統領選

政治家キャリア(1988年~2018年)

ボルソナロ大統領は、1989年にキリスト教社会民主党(PSDC=Partido Social Democrata Cristão)のリオデジャネイロ市議員として政治キャリアをスタートさせています。
以降、8つの政党を渡り歩き、2018年に社会自由党(PSL=Partido Social Liberal)からブラジルの大統領に立候補しました。

ボルソナロ氏の政治キャリア ※()内は政党の略称
1988年11月キリスト教民主党(PDC)から出馬し、リオデジャネイロ市議会議員に選出される
1993年4月PDCと民主社会党(PDS)の合併から生まれた進歩的改革党(PPR)の設立に参加
1995年8月PPRと大衆党(PP)の合併の結果、ブラジル進歩党(PPB)に参加
2002年ブラジル労働党(PTB)に参加
2005年自由戦線党(PFL)に参加後、進歩党(PP)に鞍替え
2016年3月キリスト教社会党(PSC)に参加
2018年~社会自由党(PSL)に参加

ブラジル大統領選(2018年)

汚職や犯罪の撲滅と経済自由主義を尊重した国家の役割縮小などを公約に掲げて大統領選に立候補したボルソナロですが、当初は過激な言動にばかり注目が集まり、積極的な支持を伸ばせずにいました。

そんな中、選挙活動中の2018年9月6日、男に腹部をナイフで刺され、傷が小腸と大腸にまで達するまでの重傷を負います。

熱狂的なファンもいれば、その反面、過激なアンチがいるのも本家トランプと同様にも思えます。
しかし、そのことによる同情票の獲得と、入院期間中のSNSを使った選挙活動が奏功し、徐々に支持を集めていきます。

不謹慎ではありますが、これまでの言動を考えると、入院により対立候補との直接的な議論の場が減ったことで、無用な失言、失態を回避できたのは結果的に良かったのかも知れません。

最終的には、対立候補の労働党のフェルナンド・アダジ(元サンパウロ市長)に10ポイント以上の差をつける得票率55.13%で見事に当選
2019年1月1日に第38代のブラジル大統領に就任しました。

ボルソナロ大統領の政治姿勢と過激な発言や迷言語録

ボルソナロ大統領は、その極右的な発言や言動から「熱帯のトランプ(Trump tropical)」「ブラジルのトランプ」とも呼ばれています。

ここではその過激な政治姿勢が巻き起こした過去の炎上事件の中からいくつかをご紹介したいと思います。

アマゾンの開発と欧州諸国、環境保護団体との軋轢

アマゾンの大規模開発を進め「アマゾンは我々のものだ」と豪語するボルソナロ大統領は、環境保護に積極的な欧州諸国や各団体との衝突を生んでいます。

中でもフランスのマクロン大統領とは意見の食い違いから激しくぶつかり合い、SNSでマクロン夫人の容姿を揶揄したことが物議を醸しました。
一国の大統領が他国のファーストレディの容姿について悪口を言うとは、その稚拙さにブラジル国民が呆れたのは想像に難くありません。

また、2019年8月にはアマゾンで火災が増えている原因として「NGOへの公的資金の投入を削減したことの仕返しとしてNGOが火を放っている可能性がある」と発言し、議論を呼びました。
挙句の果てには、ハリウッドの映画俳優レオナルド・ディカプリオ氏が環境保護団体への寄付によってアマゾンの森林火災に加担していると非難するなど、迷走は止まりません。

下院議員時代の女性蔑視の発言

進歩党の下院議員だった2014年、軍事独裁はブラジルにとって「絶対的な恥」であると発言したマリア・ドゥ・ロサリオ下院議員との白熱する議論の末に「お前などレイプする価値もない」と議会内で暴言を吐き、罰金刑を科されています。

但し、この発言にはかねてからの因縁があり、2003年にボルソナロがテレビのインタビューを受けてる最中に、ロサリオ議員がボルソナロを「強姦擁護派」と非難したことに始まります。
このときも、ボルソナロは「彼女は醜く、レイプされるに値しない。私のタイプでもなく、強姦魔だとしても彼女をレイプすることはない」と同様の暴言で応戦をしていました。

最終的には2019年6月にボルソナロがTwitterでロサリオ下院議員への謝罪の言葉を述べています。

とは言え、「私には5人の子供がいるが、 最初の4人は男で最後に力が弱まって女の子になった」と発言したり、家庭内暴力に関する法「マリア・ダ・ペーニャ法」の成立に反対したりなど、徹底した女性蔑視の言動を貫いています。

同性愛者、LGBTへの差別的な発言

ボルソナロは、同性愛など性的少数者(LGBT)への暴力の肯定や差別的な発言をすることも多く、2011年6月のプレイボーイ誌のインタビューで「同性愛者の息子は愛せない」「息子が同性愛者ならば事故で死んでもらった方がいい」と発言しています。

また、リオのカーニバルの最中、同性愛者の排尿シーンが映るわいせつな動画をツイートし、国内外のメディアから大統領としての品性を疑うと非難されたこともありました。

ボルソナロ大統領のこれらの言動はもちろん時代とは逆行しており、現任期中の2019年にLGBT差別を犯罪とみなす法律がブラジルで制定されたことは皮肉と言えるかも知れません。

その他の差別的な発言や過激な発言や迷言

  • アフリカ系ブラジル人に対する人種差別的な発言で罰金50,000レアル(約115万円)の支払いを命じられた数日後に
    「黒人は繁殖する役割ではない」(2017年10月)
  • 年金改革法案の効果が小さいことの例えとして
    「日本人の改革、つまりペキニニーニョ(Pequininho)な改革」と侮蔑的な表現(2019年5月)
  • アマゾンの森林伐採と環境保全、経済低迷による国民の貧困問題を同時に解決する方法はないかと記者に質問をされて
    「食べる量を控えてウンチを1日おきにすれば、生活はずっとよくなるだろう」(2019年8月)
  • アマゾンの違法伐採を阻止しようと先住民が殺害されたと批判した高校生環境活動家グレタ・トゥンベリさんに対して
    「あんなガキ(Pirralha)にマスコミが紙面を割くとは驚いた」(2019年12月)
  • アマゾンの環境保護を求めたローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇の発言に対して
    「教皇はアルゼンチン人かもしれないが、神はブラジル人だ」(2020年2月)

ボルソナロ大統領への国民の反発

過激な言動を繰り返すボルソナロに対し、ブラジル国民も黙っていたわけではありません。

2018年の大統領選の際には、ボルソナロのこれまでの女性蔑視やLGBTへの差別的な発言などに危機感を抱く女性たちによる大規模なデモや集会が繰り広げられました。

「Ele não(彼ではダメ)」のスローガンのもと、ブラジル国内60以上の都市を始め、ドイツ、フランス、アルゼンチン、アメリカ、モザンビークや南アフリカにまで広がったこの反ボルソナロ運動は、著名な女優や歌手なども巻き込み、数十万人規模のものとなりました。

賛同を表明した著名人には、リオデジャネイロオリンピック開幕式で歌を披露したアニッタ(Anitta)、ヒップホップグループ「ブラック・アイド・ピーズ」、アメリカの歌手であり女優のシェール、そしてマドンナまでもが名を連ねました。

大統領就任後も頻繁に反ボルソナロのデモや集会は行われており、直近では、2020年3月8日の国際女性デー(Dia Internacional da Mulher)でも「FORA BOLSONARO(ボルソナロは出ていけ)」の横断幕やプラカードを掲げた女性たちのデモ行進がブラジル全土で繰り広げられました。

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